ただいま往診中 その8
「みわさんち」へ行きたい
三輪誠
人は強い信念があれば、不可能を可能にできるのでしょうか。
それはデイケアを始めたばかりの頃の不思議な事件です。ある家に寝たきりのおばあさんがいました。
娘さんは仕事を持っていましたが熱心に介護をしていました。昼の短い休憩時間に急いで帰ってきて、おむつを換え、食事をとらせるのが日課でした。ある日娘さんがいつもどおり昼休みに帰って来たところ、歩けないはずのおばあさんが何と玄関にうずくまっていたのです。ほんとうにびっくりしました。というのもおばあさんは普段は二階のベッドにいるのです。しかも階段は御前崎の灯台のように急なのです。この階段をどう下りたのか、どう考えても不思議なのです。もし落ちたらと考えるとぞっとします。
「何してるだね。」
思わず語気が鋭くなりました。
「みわさんちへ行きたい・・」
「みわさんち」とは当院の通所リハビリ施設(デイケア)の名前です。デイケアに行けば知り合いもいるし、食事も風呂もある。濡れたおむつも換えてくれる。何かにとりつかれたように階段を下りたのでしょう。
「そんなに行きたかったのかね・・」
昼間、留守にせざるを得ない娘さんは思わず泣いたそうです。
それからデイケアの利用回数を増やし、しばらくして亡くなりましたが、今でもその家の前を通ると、おばあさんが階段の下でうずくまっているような気がします。