ただいま往診中 その12
人工呼吸
三輪誠
おじいさんの息がやがて絶えようとしていました。私とおばあさんは話しを止め、かすかに動いている喉のあたりを見つめました。気配を察して、母屋からぞろぞろと親戚が出てきました。普段はお目にかからない面々でした。全員、突っ立ったままで、上から見下ろすように死にゆく光景を見つめていました。
思えば長い戦いでした。2度にわたる脳梗塞でしゃべることも、食べることもできなくなって、それでも命の火を灯しつづけた人でした。お祭りが好きな人でした。体は小さいが、人一倍働いた人でした。誰にも好かれる性質の人でした。
その時です。突然、「東京の息子」という人が叫びました。
「人工呼吸はしないのか!」
私は驚きました。まさかそんなことは考えてもいなかったからです。
少しあわてて私が何か言おうとした時、おばあさんがきっぱりと言いました。
「もう、いいだよ。楽になるだよ。」
見事な幕切れでした。
「人生を評価する」という言葉があります。おじいさんの人生は充実していた。それを認識することが、人生を評価することである。おばあさんは評価でき、「息子」は評価できなかった。評価できていれば、「お父さん、ご苦労さん、ありがとう」と言ったのではないだろうか。